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なお、福澤諭吉以来、日本が伝統的に接受してきた教育ディベートは米国式のそれであったが、近年では、パーラメンタリーディベートと呼ばれる英国式の教育ディベートが日本でも急速な普及を見せている。1998年には日本パーラメンタリーディベート連盟が設立され、それまでの教育ディベートとは一線を画する一大勢力として成長しつつある。 教育ディベートに対する批判 教育ディベートに対する批判には様々なものがあるが、その殆どが教育ディベートそれ自体に対するものではなく、特定の教育ディベートの形式に対するものである[25]。先に述べた通り、教育ディベートの形式は目的に応じて選択可能なものに過ぎないため、そのような批判は本質的なものとは言えない。 教育ディベートそれ自体に対する根本的な批判は、教育ディベートが、道理に合わないことを正当化しようとする「詭弁家」や[26]、批判だけが得意な「ニヒリスト」を育ててしまう危険性があるという点に集約されよう[27]。このような批判は、古くは古代ギリシアのソフィストに対する批判[28]から、現代のオウム真理教の幹部に対する批判[29]に至るまで、教育ディベートに対する疑念として根強く存在してきた。このような批判に対しては、一般にそのようなことのないよう注意深く指導がなされている実態を強調し「教育ディベートに対する誤解」とする立場がある一方[30]、教育ディベートが持つ危険性を正面から認める立場もある[31]。 もっとも、このような危険性はディベートに限ったことではない。ニヒリズムについてのハンナ・アレントの言葉[32]を借りれば、危険な議論は存在せず、議論そのものが危険なのである。このことは、歴史教育の手法としての教育ディベートに対する批判[33]にも当てはまる[34][35]。 競技ディベート(最狭義のディベート) 説得力を競い合う競技の形態で行われる教育ディベートを指す。ディベート一般において必要となる公的な主題と意見対立は、競技ディベートでは予め主催者によって設定される。 競技ディベートにおいて設定される主題は、論題(topic)などと呼ばれる[36]。性質に応じて以下のように分類され、一般に価値論題と事実論題についての競技ディベートは難易度が高いとされている[37]。バリ * 価値論題:ある事柄が良いか悪いかを扱う * 事実論題:ある事柄が有るか無いかを扱う * 政策論題:ある事柄が行われるべきか行われざるべきかを扱う また、競技ディベートでは、論題に対する立場を肯定・否定の2つに分けることで対立構造を設定するのが通例である。それぞれ肯定側(Affirmative)・否定側(Negative)ないし政府側(Government)・野党側(Opposition)などと呼ばれる。前述の通り、この役割分担は、様々な教育目的から参加者の意思とは無関係に行われることが慣習化している。 この他、競技ディベートでは、競技を進行させる形式(Format)や試合内容を検討し勝敗を決定するための審査基準(Judging Criteria)などが必要となる。進行形式や審査基準、そしてそれらの基底となるディベート観(Debate Paradigm)は、それ自体が激しいディベートの対象となっている。これらは競技ディベートの教育効果に決定的な影響を与えるため、様々な考え方やそれに基づくスタイルが現れている。格安航空券 国内 海外における競技ディベート 英国式の競技ディベート 英国下院議会(Parliament)でのディベートを範型としていることから、一般にパーラメンタリーディベート(Parliamentary Debate)と総称される。このスタイルでは、議論の内容だけでなく伝達方法や議論方法などを含んで審査が行われるのが特徴である。 ブリティッシュ・スタイル(British Parliamentary Style) 1820年代から英国で見られる伝統的なスタイル。世界的に広く普及しており、世界大会(World Universities Debating Championship)も存在する。論題は、試合毎に異なるものが設定され、試合直前に発 されるため、選手は即興に近い形で議論することとなる。政府側(Government, Proposition)・野党側(Opposition)ともに、立論[38]・反駁[39]が各2回。質疑応答[40]は相手の立論中に行う。人数は2人2チームの4人制。準備時間は論題発 から試合開始までの15分程度のみ。夜行バス アメリカン・スタイル(North American Parliamentary Style) 1980年代から急速な広がりを見せた上記のブリティッシュスタイルが米国に定着したもの。日本にもこのスタイルが導入されている。試合毎に異なる論題が開始直前に発 される点は変わらないが、このスタイルでは証拠資料の引用が明 的に禁止されている。このため、選手はより即興に近い形で議論することとなる。政府側(Government, Proposition)・野党側(Opposition)ともに、立論2回、反駁1回。質疑応答は相手の立論中に行う。人数は2人制。準備時間は論題発 から試合開始までの20分程度のみ。高速バス オーストラリア・アジアスタイル(Australia-Asia Style) オーストラリアや東南アジアを中心に採られているスタイル。議論の内容については証拠資料を含めて審査される。このため、論題発 から試合開始までの準備時間が長期化されており、短い場合でも30分、長いものでは数週間が与えられる。もっとも、試合進行中の準備時間は与えられていない。また、点数制で審査がなされる。肯定側(Affirmative, Proposition)・否定側(Negative, Opposition)ともに、立論3回、反駁1回。質疑応答は相手の立論中に行う。人数は3人制ないし4人制。 米国式の競技ディベート 米国で独自の発達を遂げた競技ディベートは、一般にはポリシーディベート(Policy Debate)とも呼ばれる[41]。英国式の競技ディベートとは異なり、議論の内容のみに基づいて審査が行われる[42]。 リンカーン・ダグラススタイル(Lincoln-Douglas style) 米国の高等学校で採られているスタイル。奴隷制廃止が争われた1858年のリンカーン対ダグラスの連邦上院議員候補討論会にちなんで名づけられた。肯定側は立論・質疑応答が各1回、反駁2回。否定側は立論・質疑応答・反駁ともに各1回だが、反駁の時間が肯定側より長く設定されている。人数は1人制。映画「The Great Debaters」で描かれたのは、1930年代における、このスタイルでの競技ディベートである[43]。夜行バス NDTスタイル(NDT style) 1947年より開催されている全米ディベート大会(National Debate Tournament)において採られているスタイル。現在では米国東部の大学を中心とした勢力となっている。選手には年間を通して1つの政策論題が与えられるため、事前に膨大な証拠資料を収集し緻密な論理構築をして大会にのぞむ。肯定側・否定側ともに、立論・質疑応答・反駁が各2回。なお、試合進行中の準備時間が与えられており任意に分割して使用できる。人数は2人制。日本の競技ディベート全般に絶大な影響を与えている。 CEDAスタイル(CEDA style) NDTに対抗して1971年に米国西部で誕生したCEDA(Cross Examination Debate Association)が採用したスタイル。早口、証拠資料の偏重、一般聴衆の無視といったNDTの傾向に異を唱え、質疑応答(Cross Examination)、価値論題を採用した。この確執は、映画「青春!ケンモント大学」でも象徴的に描かれている。もっとも、その後、CEDAに政策論題が、NDTに質疑応答がそれぞれ取り入れられるなど両者の区別は相対化しつつあり、大きな差異はなくなっている。 日本における競技ディベート沖縄旅行 レンタカー 日本で行われている英語での競技ディベートは、米国で採られているスタイルに大きく依存している。競技ディベートのスタイルには前述の通り変遷が見られるものの、その時々の米国における支配的な考え方が、ほぼそのまま日本にも導入され大勢を占めてきたと言って良い。現在でも、英国式のパーラメンタリーディベートにしろ、米国式のポリシーディベートにしろ、日本で行われているものと米国で行われているものとの間に大きな相違はない。その意味では、英語での競技ディベートのスタイルは、安定的・継続的なものであったと言えよう。 これに対して、日本語での競技ディベートのスタイルはSEO対策 常に流動的かつ散発的で、これまで雑多なものが生まれている。1940年代の朝日討論会のスタイルが「朝日式」、1950年代に当時の米国オレゴン大学から導入されたスタイルが「オレゴン式」などと呼ばれた[44]。また、1980年代以降は全関東学生雄弁連盟加盟の弁論部主催大会で独自のスタイルが成立、これに対抗して1990年代には慶應義塾大学開智会(著名な出身者に香野あかねら)主催大会や、産経新聞主催のザ・ディベートアカデミーなどで独自のスタイルが試行された。